another side of TIBET2000 通訳の妙！
｢うわ、すげー」

なんとかチベット入りを果たした僕らの第一声である。
何がすごいのかというと、日差し。
飛行機を降りたところ、つまり滑走路ではそれほど感じなかったのだが、空港の建物から一歩外に出ると、あまりの強烈さに思わず目をつぶってしまいそうだ。僕はおもむろに持っていったサングラスをかける。
空気が軽い、と散々聞かされていたのだが、その時はさほど軽いとは感じなかった。

旅行会社の人間が僕らを迎えに来ていた。
｢やけに遅かったね｣
というその人の言葉に、同行のオランダ人、アメリカ人の視線が一斉に僕らに向く。
｢いや、バカが一人いるもんで…こいつなんだけど…｣
とOさんをちらりと見ながら僕。

荷物を手に入れてからすでに1時間以上が経過していた。オランダ人もアメリカ人もイライラしていたのだが、その一言で少し和む。ただし、英語の会話なのでOさんには分からない。

｢ん？　何の話？」

と、｢あ、しまった。ちょっと聞き逃しちゃったぞ｣という素振りで僕に聞く。英語がまるでできない、という事実を認めたくないらしい。別にできなくったって誰もバカにしたりしないってば。できるフリをする方がかえってかっこ悪い。旅行が終わって1年以上経ったというのに、いまだにHP上でこうやってバカにされてしまう。

｢いや、別に。『どこから来たの』って聞くから『日本からです』って言ってただけですよ｣
軽くかわす。この集団の中で英語と日本語、両方が理解できるのは僕一人。何を言おうと誰にも分からない。

｢あ、そうなの｣
とOさん。迎えの人に｢いえす、いえす」と笑顔であいさつ。


…会話の流れをもう一度、おさらいしてみよう。日本語で。
迎え｢やけに遅かったね｣
僕｢いや、バカが一人いるもんで…こいつなんだけど…｣
Oさん｢はい。私です」
オランダ人爆笑。
確かに会話のどこにも間違いはない。通訳の力というのは恐ろしいと痛感した。

さて、僕らを乗せた車はアスファルトで舗装された道路を、ラサへとひた走りに走る。周囲は荒涼とした景色が広がる。こんな景色を見たのは初めてだ。僕らの口からしきりに感嘆の声が漏れる。僕とオランダ人、アメリカ人は写真を撮りまくる。

｢珍しいだろ。ま、チベットに何度か来てると、こんな景色、当たり前になっちゃうけどね。僕みたいに世界中旅行してると、珍しいものも珍しいと感じなくなっちゃうんだよなぁ。旅慣れてない君がうらやましいよ｣
またこれだ。｢チベットに何度か｣って、あんた、これが2回目だろうに…。
｢へぇ、そうなんですか｣と、とりあえず答えてみるが、どうもOさん、自分の言葉をオランダ人たちに通訳してほしいらしい。しきりに僕に目配せする。それに気づいたオランダ人が聞く。

｢なんて言ってるの？｣
｢小便ちびりそうだって」

それを聞いた運転手が慌てて車を止める。
｢どうしたの？｣
なぜ車が止まったのか、理解してないのはOさんだけ。

｢この辺で小便しておいた方がいいんじゃないかって言ってますよ｣
｢いや、今は別にいいや」
Oさんが小便しようとしないのを皆が不思議がる。
｢彼、大丈夫？｣とオランダ人。
｢うんこしたいみたい」と僕。
運転手は無理やりOさんをおろして｢あっちの草むらでやれ｣と言う。
なぜ車から降ろされたのか、Oさんにはさっぱり分からない。捨てられた犬のような目で僕を見る。仕方ないから通訳してやる。
｢あっちに地元の人しかしらない観光スポットがあるらしいです｣
それを聞いたOさんは嬉々として草むらへ向かう。Oさんがその場から離れると、一斉にブーイング。僕も一緒にブーイング。
やがてOさんが戻ってくる。
｢何にもないよ。草むらだけだ｣と僕に文句を言う。
｢ダライラマが野グソした草むらなんですって。チベット人はありがたがって巡礼に来るそうです｣
｢え！マジ！｣
慌てて戻る。そしてその草むらから叫ぶ。
｢何でみんな来ないの？｣
誰が行くかよ！

その一連の流れを見ていたオランダ人が僕に聞く。
｢なんであいつ、行ったり来たりしてるの？なにを叫んでるの？｣
｢野グソするの恥ずかしいって戻ってきたから、思い切ってやれ、って言ってやった。そしたら向こうで『きもちいい〜！』って叫んでる｣
｢面白いやつだな｣
｢日本の恥だ」

車に戻ってきたOさんに奇異の目が注がれる。Oさんは気づかず喋る。
｢いや、あの草むら、よかったよ。みんなも来たらよかったのに｣
そして僕に｢通訳しろ｣という視線を送る。僕はそのまま通訳する。
｢あの草むら、すごくよかったんだって｣
車内爆笑。
｢みんなも来たらよかったのに、って言ってる｣
｢いや、遠慮しとくよ｣
それをOさんに通訳すると、｢これだから欧米人は…｣とつぶやく。
誰も行かないっつーの。
ただの草むらだっつーの。


車がチベット人を乗せたトラクターとすれ違う。向こうは僕らに何かを叫びながら手を振る。
｢なに言ってたの？｣とオランダ人。
｢いや、聞こえなかった｣と旅行会社の人。
｢なに言ってたの？｣とOさん。
｢小便したいんだって｣と僕。
いちいち通訳するの、面倒くさい。
というか、「What did they say?」くらい中学生でも分かるよな。多分。
でもOさんには分からない。僕の通訳を真に受ける。
｢困った奴らだな〜。これだから欧米人は…ぶつぶつ｣
いや、あんたが一番｢困った奴｣だ

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