another side of TIBET2000 新聞が欲しいんだ！
ようやく話がTIBET2000に追いついた。

僕がチベットに行ったのは2000年の秋。これを書いているのが2002年のはじめ。記憶をたどりながら書くのはなかなか難しい。忘れてしまっていることがたくさんある。思い出しながら書いていると、どうしても更新が遅くなってしまう。特にOさんのこととなると、あまりにも強烈な記憶が数多くあるので、ちょっとしたことはその強烈な記憶に圧倒されて薄れている。今回もその｢薄れた｣記憶の中から拾い集めた話。つまり、それほど面白くはないかもしれない、ということ。

僕らを乗せた飛行機は無事に出発した。昨日のフライトキャンセルの後だけに、飛行機が飛び立った時の感激はひとしおである。飛行機は数十分ほどでヒマラヤ山脈上空に差し掛かる。それまでは結構退屈だ。周りの乗客は今朝の新聞を熱心に読んでいる。一面トップにフライトキャンセルの記事が載っている新聞だ。あの新聞、記念に一部欲しいのだが…

僕はOさんとそんな話をしていた。僕は職業柄、新聞にはうるさい。どこに行っても必ず現地の新聞を買ってしまう。それが自分にかかわる記事が載っている新聞なら、なおさら欲しくなるのは当たり前だ。

だが、そんな話をしている間に、飛行機はヒマラヤ上空に差し掛かる。その時の機内の様子はTIBET2000の方に書いてあるので割愛する。
僕が必死で写真を撮っている間、Oさんはどこかのツアーのチベット人ガイドをつかまえてずっと話をしていた。そして飛行機がヒマラヤを越え、景色がさほど面白くなくなったころ、Oさんが僕を呼ぶ。

｢この人があの新聞、手配して、宿に届けてくれるんだって」
｢えっ！　ホントですか｣
｢ああ、君が写真を撮ってる間、ずっとこの人と話をしてたんだけどね、君があの新聞を欲しがってるって言ったら、何とか手に入れてみるって言ってくれたよ。｣
なんだ、Oさんも結構いいところあるじゃんよ。

｢マジっすか。ありがとうございます｣
｢まぁ、僕は世界中旅して回ってるからね。欲しいものがある時は誰に頼めば手に入りやすいかくらいは旅の基本として心得てるんだ。君もそういうことを少しずつ学んでいったらいいだろう｣
…またそれかよ。ちょっとむかつく。

でも、実際のところ、Oさんの言う通りだと思う。誰に何を頼めば何が手に入るのか、直感で分かるようにならなければ、旅ってのはなかなか難しい。

新聞のこと、頼んでくれたのはOさんだが、実際に手に入れてくれるのは、そのチベット人だ。僕は彼に礼を言う。以下、日本語訳。
｢ホントにありがとね」
｢なにが？｣
｢新聞のこと｣
｢へ？｣
｢今朝の新聞、手に入れて届けてくれるんでしょ？」
｢そんな話、知らないよ｣
｢でも、Oさんはあなたが今朝の新聞を手配してくれるって言ってましたよ｣
｢そんなこと、一言も言ってないけど…」

…なんか変だ…

｢Oさんとどんな話してたんですか？」
｢何回くらいチベットに行ったことがあるのかとか、フライトキャンセルで乗客が減ったねとか…｣
｢新聞の話は？」
｢うん、今朝の新聞に載ってたね、って」
｢それだけ？」
｢それだけ」

…やっぱ、なんか変だ…

僕はOさんに聞いてみた。
｢新聞のこと、知らないって言ってますけど…｣
｢そんなことはない。さっき約束したばっかりなんだから。ちょっと言ってやんなきゃ」
Oさんはちょっと憤然として、そのチベット人に食って掛かる。
｢あ〜、にゅーずぺーぱー、あ〜、でぃすえあぷれーん、ゆー、のう」
炸裂！
意味が分からん！

チベット人ガイドはぽかんと口を開けてOさんを見ている。
｢こいつ、何言ってるの？」とでも言わんばかりの視線を僕に向ける。いや、すまん。俺にも分からん…

Oさんは続ける。
｢あ〜、あい、はぶ、にゅーずぺーぱー、え〜、ひー、ぎぶ」
好意的に解釈しよう。｢俺は新聞を持ってる。彼(僕のこと)がくれたんだ｣という意味だろう。
｢あんど、あ〜、え〜、あい、ぎぶ、ゆー、その、にゅーずぺーぱー、ゆー、のう」
チベット人には分からない。だが僕は好意的に解釈しよう。｢その新聞、あんたにあげるよ。な」

ち、ちょっと待て。話が逆だ。逆なんだよぅ！

僕はそこで待ったをかけようとした。だが、Oさんはかまわず続ける。
｢え〜、ゆー、ぷろみす、あい、ぎぶ、にゅーずぺーぱー、とぅー、まい、ほてる」
と、とりあえず、ここでも好意的に解釈しよう。
｢俺がホテルに新聞をやるんだって、あんた約束したよな」
僕は英語に自信がない。この訳で正しいのかどうか…
ただでさえない自信がガラガラと音を立てて崩壊してゆく。

チベット人は怪訝そうに僕ら2人を見る。Oさんは僕に言う。
｢こいつ、さっき約束したばっかりなのに、しらばっくれやがって…｣
いや、Oさん、それは違うと思うんですけど…
そしてついにOさん、切れる。
｢あい、ぎぶ、ゆー、にゅーずぺーぱー！｣

だから、話が逆だっつーの！

｢a...ah, thank you...」
Oさんの剣幕に押され、チベット人は言う。

僕があとでそのチベット人に謝っておいたのは書くまでもないことかもしれない。

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