another side of TIBET_2000　フライト・キャンセル！

ネパール到着の翌々日、僕らはカトマンズの空港でラサ行きの飛行機にいた。飛行時間は確か1時間半ほどだったと思う。「あと数時間で憧れのチベット…」と思うと、僕の胸は初めて女の子に告白したときのようにドキドキと高鳴る。ビザの虚偽申請がばれやしないか、といったドキドキかもしれないが、いずれにしてもドキドキである。

さて、飛行機は滑走路を走る。順調に加速して、いざ離陸！
…という瞬間に、左翼のエンジンが火を噴いた。同時に大きな爆発音が機内に響く。飛行機は急ブレーキをかけて、僕らは前のめりになる。通路にはその衝撃で転がり落ちた荷物が散乱している。
カトマンズの空港は盆地にある。万が一、ブレーキが間に合わなかったら、正面の山に激突してお陀仏。間一髪の生還である。

「きっとバード・ストライクだね。こんなのしょっちゅうだから、気にしなくていいよ。小一時間もすれば出発できるはずだ」
Oさんは確信的な口調で言う。
当初は確かにOさんの言っていたとおり、原因はバード・ストライク（飛行機のエンジンに鳥が吸い込まれておかしくなること）ではないかと言われていたのだが、僕が集めた情報によると、タイヤのパンクとバード・ストライクによるエンジン・トラブルによって、機体に大きな損傷が出たらしい。まさに「大惨事一歩手前」だ。
ツアーで一緒になったオランダ人に聞くと、もしかしたらフライト・キャンセルかもしれないけど、はっきりしたことは分からない。とりあえず、この待合室で待つしかないけど、今日出発できるとしても数時間はかかるだろう、ということだった。

それから一時間ほどたった。
Oさんは言う。
「バード・ストライクなら、もうそろそろ出発案内があってもおかしくないんだけどな」
え？　なんにも聞いてないの？
みんな周りで喋ってるじゃん。バードストライクだけじゃない、って。
「うーん、なんかおかしな」
「そうっすねぇ、なんかおかしいですねぇ」
と、とりあえずOさんに合わせておく。

さらに待つこと3時間。いつまで経っても出発案内はない。まだか、まだか、と待っていると、例のオランダ人が僕たちのところに近寄ってきて話し掛けてきた。
「Do you speak English?」
から始まる。Oさんはすかさず「イエス」と答える。僕は「少しだけ…」と答える。
それなら、とオランダ人は親切に、今の状況やら、搭乗券を見せるとバーで食事を出してくれること、もう少し待たないと分からないけど、どうも今日中の出発は無理そうなことなどを教えてくれた。原因はバード・ストライクではないらしい、とも言っていた。
その説明の一つ一つにOさんは「いえす、いえす」と返事する。僕も「a-ha-」などと答える。
オランダ人の説明が一通り終わり、「サンキュー」の言葉とともにオランダ人が去るのを見届けると、Oさん、
「あいつ、なんて言ってたの？」
あんた、「いえす、いえす」って言ってたじゃねーか！

まぁ、ここで文句言っててもしょうがないから、オランダ人から聞いた話の概略を説明する。
僕のその説明を聞くや否やOさん、
「やっぱりバード・ストライクか」

違うって言ってんだろーが！

結局、その日は空港で8時間！待たされた挙句、フライト・キャンセルということになった。それも例のオランダ人が伝えに来てくれた。航空会社が用意したホテルに、搭乗予定の旅客が分散して宿泊することになった。明日、同じ時刻に出発するという。
僕はいくつかの質問をそのオランダ人にぶつけてみたのだが、詳しいことは分からない。とりあえず、航空会社の指示に従うしかないだろう。飛ばない飛行機をいつまでも待ったところで無意味だ。
隣で僕らの会話を聞いてたOさんは「ふーん、そうなんだ」といちいち相槌を打つ。
で、僕とオランダ人の会話が終わった後、僕に聞く。
「彼、なに喋ってたの？」
あんたはハリコのトラか？　理解できないんなら、ヘコヘコと無意味な相槌打つんじゃねー！

だが、ここで一つ、僕は荷物について確認を怠ってしまった。
そのことで引き起こされた騒動で、僕のOさんに対する堪忍袋の緒が切れた。

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