出発前のこと。
日本でチベット旅行の手配はすべて済ませていた。
あとは、ネパールで簡単なレクチャーを受けて出発するだけ。

同行の彼（中年のオヤジ）は事前に「僕は英語が苦手なんだよね」とは言っていたが、同時に「世界中を旅して回ってるんだ。一人旅の方が好きなんだけど、チベットは一人じゃ入れないから、君と一緒に行くことにした」ともいう。僕は海外旅行の経験がほとんどない。「英語は苦手」と言っても、一人で世界中を回ってきた人だ。頼りがいがある。足手まといにならないかと心配していた。

そしてネパールに到着。彼の指定した宿に向かう。宿の人たちは日本語ペラペラ。そのときには「へ〜、こういう宿もあるんだ〜」という程度にしか思わなかった。そして同行の彼と外に食事に行く。なぜか日本料理店…。せっかくネパールに来たんだから、ネパールの料理を食べたいんだけどなぁ。

翌日、旅行代理店が宿に出向いてきて、レクチャーを始める。代理店の人は英語しか喋れない。僕も英語は苦手だが、話は9割方理解できるし、相手もこっちが理解できるよう、簡単な英語で分かり易く話してくれている。だが、同行の彼は突然、宿の主人を呼んだ。
「通訳してくれ」
…この程度の英語も分からないのか、それとも面倒くさいだけなのか…
でも、確かに通訳がいた方が分かりやすい。さすがに旅慣れた人。やりかたが上手い！

代理店の人は「防寒具と高山病の薬を用意しておくといいだろう」という。
高山病の薬とは、かの有名な「ダイアモックス」のことだ。
僕らはさっそく街にダイアモックスを探しに行く。薬局に売っているという。

同行の彼が言う。
「僕はネパールに来るのはこれで10回目だから、街歩きするときは僕について来ればいいよ」
なんと心強いガイドだ。僕は彼の後についていくだけで、薬局探しより、街歩きを楽しんでいた。

だが、いつまでたっても薬局が見つからない。同行の彼はあちこちの店先で座っている現地の人たちに道を尋ねている。僕はカトマンズの街並みを楽しんでいるだけ。でも、ちょっと変だぞ。旅行代理店の人は「すぐそこに薬局がある」って言ってたのに、なんで見つからないんだろ？

僕は同行の彼の背後に近付き、彼の会話を聞く。
「ああ、ふぇあ、どらっぐ、ばい、せる、あい、ごー、まうんと」
………
……………
…………………
誰か、この「英語」を訳してくれ！
いや、その前に、これは「英語」なのか？
疑問符が頭にいっぱい浮かんでくる。？？？？？？？？
そして考えた。これはきっと「？？？？？？？？」だ。
いや、もしかしたら「？？？？？？？？？」かもしれない。
それとも…
いろいろ考えてみたのだが、出てくるのは疑問符ばかりだ。

彼は言う。
「こいつ、英語通じないや」
そして別の人をつかまえて、また質問する。
「ああ、どらっぐ、どらっぐ、ゆー、しる、どらっぐ、あい、せる、ばい、まうんと」
うう…、うわぁぁぁぁぁ！
誰かこいつを止めてくれ〜！

僕が目を白黒させていると、再び彼は僕の方に向き直って言う。
「この辺の連中は英語ダメだね。観光客相手に商売するんだったら、英語ぐらい喋れるようになっとけよな」
お前、なんか間違ってるぞ！
ぜったい、なんか間違ってるぞ！