数年前、高校時代からの親友が結婚した。
だからどう、というわけではないのだが、うちの親は気が気でしょうがないらしい。
僕の顔を見ると｢早く結婚しろ｣としか言わない。
｢相手がいない｣と抗弁すると、結婚相談所の入会案内をどこからか手に入れてきた。

長らく相談所への入会をしぶっていたのだが、ある日、友人と酒を飲んで家に帰ると、またまた両親の説得工作が始まる。
その日、たまたま一緒に酒を飲んでいた友人が近々結婚するという話をしたものだから、僕も多少の焦りと寂寥感があり、ついつい両親、特に母の口車に乗せられ、入会することになってしまった。
だが、その日はいつになく酒量が多かったため、僕は前後不覚なほどに酔っ払っており、自分のプロフィールに何を書いたのかはさっぱり覚えていない。

さて、それからは、2ヶ月か3ヶ月おきくらいに3人ずつの女性のプロフィールが送られてくるようになった。
イレギュラーに僕のプロフィールを見た女性が僕とのお見合いを希望しているという但し書き付きでプロフィールが送られてくることもある。
だが、言っちゃ悪いが、所詮はそういうところに来る女の子。さほど美人がいるわけでもない。
いや、実際には存在するらしいのだが、そういう女の子のプロフィールは、当然のごとく、医者や弁護士など、社会的ステータスの高い職業の男性のところに送られ、僕のようなしがないサラリーマンのところには｢のこりかす｣(失礼！）しか回ってこない。
僕はただひたすらに断り続けた。
入会から数ヶ月間、何人かの女性のプロフィールを見てみたが、まったく気乗りしなかった。

ある日、これまたイレギュラーに3人の女性のプロフィールが送られてきた。3人とも僕とのお見合いを希望しているという。
｢俺、なに書いたんだろ？　俺のどこが気に入ったんだろ？｣
などと不思議に思いながらも、とりあえずプロフィールに目を通す。
どいつもこいつもまったく…
あの相談所は俺をなめてるのか？　なんて憤りも感じるのだが、相手の女性が僕を指名していると聞けば、悪い気はしない。
とりあえず僕はその中の1人とお見合いすることにしてみた。

着慣れないスーツを着込んで、待ち合わせ場所に行く。
最近のお見合いは、テレビでよく見かけるような、両親同席スタイルではなく、若い二人が勝手に会え、というスタイルだ。
話題に詰まった時、場を取り持ってくれる人はいない…

とりあえず、はじめまして、の自己紹介から始まる。待ち合わせ場所は某ホテルのロビー。僕の家からそこまで約2時間。
｢じゃ、お茶でもしながらお話しましょうか｣なんてこと言いながら、ホテルの喫茶店に入る。
何から話せばいいんだろう…
おお、そうだ。無難なところで趣味から入ろう。

｢ご趣味は？｣
｢いえ、特に趣味といったものはないんです」
｢休みの日は何してますか？｣
｢友達とショッピングに行ったりしてます｣
｢家でヒマな時はどんなことをしてるんですか？｣
｢いえ、特になにも｣
………………………
…………うぅ…………
………………………
おぉ、そうだ。万人の趣味、音楽ではどうだろう。
｢音楽なんか聞いたりします？｣
｢ハイ。よく聞いてます｣
……趣味あるじゃん…
まぁ、それはともかく、だ。
｢どんな音楽を聞くんですか？｣
｢クラシックです。ブラームスとか好きなんです｣
……ジャンルが違う……俺、ロックしか聞かない…
｢へぇ。けっこう高尚な音楽を聞いてるんですね｣
｢いえ、そういうわけでもないです。ダンス音楽なんかも好きですし｣
ほう、ダンス音楽。Avexとか聞いてるんだ、と思いきや、
｢クラシックバレエでかかる音楽なんですけど｣
おい。
おい！
ダンス音楽、って言うなよ。

そんな会話が一時間ほど続いた。
僕はひたすら質問し続けた。彼女はそれに答えるだけ。
ふつうの会話ってどうよ。
相手が質問したら、同じ質問を返さないかい？
例えば｢趣味は？｣って聞かれたら、｢そちらの趣味は？｣って聞かない？
｢どんな音楽？｣って聞いたら、｢あなたはどんな音楽を聞いてるの？｣っていう質問を期待しない？
でも彼女からの質問は終始一貫して一切なし。

だんだんと疲れてきた。お見合いって、こんなもんなの？
それとも彼女が特殊なの？
もう、やってられん！
｢ネクタイ外していいっすか？」
｢え？　あ、ハイ。どうぞ｣
そこからもうどうでもよくなってきた。
｢お食事でもどうですか？｣
僕の誘いに彼女は断るわけもなくついてくる。そうなれば、もうこっちのもん。
｢洋風居酒屋｣なる店に入って、開口一番｢なま！」
飲まなきゃやってられねー、ってんだ。
喋り疲れた僕は、その店で無言のままひたすらビールを飲みつづけ、ばかばかとタバコを吸いながら、窓外に広がる夜景をぼんやり眺めていた。

さすがに彼女も気まずくなったのか、初めて僕に質問してきた。
｢子供は何人くらい欲しいですか？｣
彼女の質問は、僕が覚えている限り、それひとつだけ。
おい。
おい！
俺は種馬じゃねーんだぞ！

当然、僕の初めてのお見合いはうまくいきませんでした。